最終話の108話は、27巻続いてきた最大のクライマックスです。
ずっと体を取り戻すために旅を続けてきたエドとアル。二人の前に立ちはだかったのは、ホムンクルス一味。そしてついに最大にして最強の敵「お父様」との戦いの真っ最中です。
人間が劣勢を強いられていたホムンクルス対人間の戦いは、この最終話で大きく展開が変わります。
賢者の石という、人間の魂で作られた石の力によって、これまで攻撃をすべて跳ね返してきた「お父様」が、ついに素手で攻撃を止めたのです。
勝てるかもしれない!エドたちは一気にたたみかけます。
しかし「お父様」も負けじと、自分が生みだしたホムンクルスの一人、グリードから賢者の石を取ろうとします。
私が何度読んでも涙が出てしまうシーンの一つがここです。
グリードの中には、シンから来たリンヤオという王子が吸収されています。
強欲のグリードは、お父様を超えてすべてが欲しいと渇望していましたが、同時にリンと長く一緒にいることで、人間たちの仲間意識や強さに感化されていました。気づかない内に、グリードの中でリンやエドたちの存在が大きくなっていたのです。
だからこそ、ここでリンまでお父様にやられることは避けたいと初めて思うのです。
ここでグリードは、初めてのウソをつきます。ウソはつかない信条を曲げてまで、リンを助けようとします。
そして「お父様」に体を壊され、魂が消えていきながら、グリードはエドやリンとのこれまでの時間を思いだします。そして自分が本当に欲しかったもの、それは仲間であり、絆であり、それはすでにエドたちにもらっていたことを悟るのです。
だからこそ「ああ、もう十分だ。じゃあな、魂の……友よ」と遺して消えていきます。
その切なさといったら!
ホムンクルスたちはずっと人間をバカにし、下に見てきました。
しかし、傷ついても立ちあがろうとし、支え合い、許し、異質を受け入れる人間の強さが、ホムンクルスの心をも変えていくというこのシーンは感動します。
エドはそのグリードの想いを受けて、「お父様」を撃退するのです。
ようやく、長い戦いが終わったかのように見えました。
しかし、そこにもう一つの試練がまだ残っていました。アルが魂の世界から戻ってくることが出来ていないままだったのです。
エドが「お父様」に魂を持っていかれそうになった時、アルはとっさに判断し、自分の魂と等価交換して、エドに右腕を与えます。エドが自分を迎えにくると信じて。
そのおかげで、エドは錬成することが可能になり、「お父様」を倒しました。
しかし、アルの魂を取り戻すには等価交換する代価も、それだけの重要度が必要になります。
エドは悩みます。
アルと約束していたから、多くの人の魂が使われている賢者の石は使わないと決めていました。
その時、ずっと仲違いしていた父が、自分を使えと申し出ます。以前のエドと違い、ともに戦い、父の苦労や想いを知ったエドはその申し出を断ります。
そして、一人ひとりの顔を見つめ、これまでの時間を思いだす内にハッと気づくのです。
そして、スッキリした顔でアルのもとへ錬成して向かいます。
真理の扉の前で、アルを取り戻すためにエドが出した代価とは……?
それは、エドの真理の扉を等価交換に差し出すという決断でした。
すべての人の内にある真理の扉。それが無くなれば、もう錬成術は使えません。
今まで魔法のように錬成し、多くの人を助け、また戦ってきました。本当に魔法です。
でも、エドは言います。
「成り下がるもなにも、最初っから、ただの人間だよ。真理とかいうものを見ちまってから、それに頼って過信して、失敗しての繰り返し……」
そして、こう言うのです。
「錬金術が無くても、みんながいるさ」
この真理の扉を代価に差し出すシーンもまた、何度読んでも感動し、そして考えさせられます。
「お父様」との対比により、自分はどうなのかと毎回問われるからです。
本当に大切なものは何か、そのためにほかのものを手放せるのか。
二人の兄弟が自分たちの体を取り戻すという設定ではありますが、深い人生訓、生命観が随所に散りばめられた名作です。